ACP(人生会議)とは ― 将来の医療・ケアについて考える
ACP(Advance Care Planning:アドバンス・ケア・プランニング)とは、将来、自分で医療やケアについて意思を伝えることが難しくなった場合に備えて、自分が大切にしていることや、どのような医療・ケアを望むのかを前もって考え、家族や医療・ケアチームと繰り返し話し合い、共有していく取り組みです。
厚生労働省では「人生会議」という愛称が用いられていますが、本ページでは、以後「ACP」として取り扱い、理解の助けになるよう解説しています。
「終末期」とは
ACPは終末期だけを対象とするものではありませんが、将来の医療について考えるうえでは、終末期にあるか否かによって医療の意味が大きく変わることがあります。
そこでまず、人生の最終段階・終末期について整理します。
厚生労働省は「人生の最終段階」について、一律の明確な定義を示していません。
一方、日本老年医学会は「終末期」を、
病状が不可逆的かつ進行性で、その時代に可能な限りの治療によっても病状の好転や進行の阻止が期待できなくなり、近い将来の死が不可避となった状態
と定義しており、本ページもこの定義に基づいて用います。
ポイントは、以下の2点です。
例えば、
といった疾患による場合もあれば、
のような自然な経過による場合もあります。
「高齢である」「認知症がある」というだけでは終末期とは言いません。
誤解を恐れずに表現するならば、病状の回復が期待できず、医学的に明確に死に向かいつつある人生の段階、と考えると理解しやすいでしょう。
終末期か否かによって、医療の意味は変わります
医療の目的には、
などがありますが、これらの目的を達成するためには、副作用や合併症のリスクを負ったり、検査や入院、治療のために日常生活を中断したりするなど、一定の負担を伴います。
すなわち、医療には期待される利益がある一方で、一定のリスクや負担も伴います。
通常は、期待される利益がリスクや負担を大きく上回るという関係にあります。
これらの利益とリスクや負担のバランスは、終末期にあるか否か、また終末期であっても予想される余命がどの程度かによって大きく変わることがあります。
肺炎を例に考えてみましょう
これまで一般的な医療を受けてきた人が、肺炎にかかった状況を例に考えてみましょう。
一般的に、肺炎は適切な治療によって治癒が期待できます。
一方、適切な治療を受けなかった場合、自然治癒することがあるものの、肺炎が進行し、呼吸不全や敗血症などを来して重症化し、場合によっては死亡する可能性もあります。
終末期ではない場合
薬による副作用が生じたり、入院によって普段の生活を中断しなければならなくなったりといった、リスクや負担が生じる可能性があります。
しかし、治療によって肺炎が治癒し、元の生活へ戻ることによって得られる利益は、前述のリスクや負担を大きく上回ると考えるのが一般的でしょう。
さらに、治療を行わないことによって重症化したり、生命を失ったりすれば、本来その後に送ることのできた生活そのものが失われる可能性があります。
したがって、通常、治療を受けることは合理的な選択となります。
根治できない病気があっても、数か月から1年程度の生命予後が期待できる場合
次に、治療抵抗性のがんなどによって根治は期待できないものの、現時点の病状は安定していて、概ねこれまで通りの日常生活を送っており、数か月から1年程度の生命予後が期待されている場合はどうでしょう。
終末期にあるとしても、肺炎を治療することによって、元の日常生活に戻れる可能性があり、「肺炎が治る」という利益が治療に伴うリスクや負担を上回る余地は多分にあり、終末期ではない場合と同様の考え方をするのが妥当と考える方が多いのではないでしょうか。
数日中に亡くなることが推定されている場合
終末期であるという点は、一つ前の仮定と同じですが、残された時間が大きく異なります。
また、しばしばこの状況では身体的にも不安定で、意識レベルも不安定であることが珍しくありません。
肺炎を治療することは可能であっても、治療効果が現れる前に亡くなる可能性があります。
また、仮に肺炎が改善・治癒したとしても、その利益を享受できる期間はごく限られています。
一方、点滴、採血、入院、頻回の処置などによって、残された時間を慣れ親しんだ場所で穏やかに過ごすことができなくなったり、副作用や治療そのものによる苦痛が生じたりする可能性があります。
このような場合には、「肺炎を治すこと」よりも、「苦痛を少なくして穏やかに過ごすこと」の方が本人にとって大きな利益となり、抗菌療法を行わないという判断が合理的となることがあります。
同じ病気でも、状況によって適切な判断は異なります
このように、同じ病気、同じ治療であっても、人生のどの段階にいるかによって、治療によって得られる利益と、治療に伴うリスクや負担の重みは変わります。
「終末期だから治療を行わない」「終末期ではないから必ず治療する」という単純なものではありません。
加齢による身体の変化や病状の進行などによって、医療を取り巻く状況は変化していきます。
医療上の方針を決めるうえで、本人の意思が最も重要であることに疑いの余地はありませんが、本人の意思が確認できない場合には、家族をはじめとする身近な方々が共有している本人についての認識が重要になります。
ACPについて
ここまで、同じ医療であっても、その時の病状や回復可能性によって、治療の利益と負担の意味が変わることを説明してきました。
こうした将来のさまざまな状況に備えて、自分が大切にしていることや医療・ケアについての考え方を、あらかじめ身近な人や医療・ケアチームと共有しておく取り組みがACPです。
ACPで大切なのは「○○をする・しない」を決めることだけではありません
ACPというと、
といったことを、あらかじめ個別に決めておくものというイメージを持たれることがあります。
もちろん、具体的な医療についてあらかじめ希望を確認しておくこともACPの大切な役割です。
しかし、将来どのような病気になるのか、その病気が治療可能なのか、その時の全身状態や回復可能性がどの程度なのかを、すべて事前に予測することはできません。
そのため、あらゆる状況について「する・しない」をあらかじめ決めておくことはできませんし、その必要もありません。
むしろ大切なのは、
といった、個々の医療行為の選択の土台となる本人の価値観や考え方を共有しておくことです。
こうした考え方が共有されていれば、将来、あらかじめ想定していなかった病気や状況が生じた場合にも、「本人ならどう考えるだろうか」を手がかりに、その時の病状や治療によって期待できる利益・負担を踏まえて、本人にとってより適切な医療を考えることができます。
こうした本人の価値観や考え方を、身近な方々や関わる医療者・介護者と広く共有しておくことが、将来、本人の意思を反映した医療上の意思決定を行うために重要です。
ACPは一度決めたら終わりではありません
ACPで共有された内容は、将来の重要な意思決定の手がかりとなるため、慎重に確認していく必要があります。
一方、病状や身体状況、生活環境などの変化に応じて、共有している内容を見直すことも必要です。
医療上の意思決定の基本原則
ACPが行われていても、すべての医療上の意思決定をあらかじめ決めておくことはできません。
実際に判断が必要になった場合には、次の基本原則に基づいて考えます。
医療上の意思決定は、基本的に、
という考え方に基づいて行います。
本人の現在の意思
本人に十分な意思決定能力がある限り、本人の意思が最も重要です。
家族が本人とは異なる希望を持っていたとしても、原則として、十分な説明を受けた本人自身の意思が尊重されます。
本人が過去に表明していた意思(推定意思)
認知症の進行などによって意思決定能力が失われた場合には、
といった過去の発言や文書、これまでの生活歴や価値観などから、「本人であれば、どのような選択をするだろうか」という観点から推定される意思が重要となります。
あくまで「本人が示したであろう意思」を推定するものであって、「家族自身の希望」を本人の意思として置き換えるものではないことに注意が必要です。
なお、日本では、家族に一般的・包括的な医療上の代理決定権が法的に付与されているわけではなく、成年後見人も財産管理や法律行為を中心とした支援者であり、一般的・包括的な医療同意権を有するものではありません。
本人の最善の利益
本人の過去の発言や価値観について十分な情報がなく、本人の意思を合理的に推定することが難しい場合には、「この人にとって、医学的・生活上、最も利益になる選択は何か」という観点から検討します。
ここでいう利益とは、
などを総合的に考えたものです。
まとめ
さて、本人が医療上の意思を十分に伝えられない事態に備える取り組みとして、ACPについて紹介してきました。
ACPは原則として、本人の医療やケアについての意思や考え方を、身近な人や医療者・介護者とあらかじめ共有することで、将来の医療上の意思決定に本人の意思をできる限り反映させるための取り組みです。
また、実際に医療上の決定が必要となった時点で本人の意思決定能力が十分でない場合には、本人をよく知る身近な人から得られる情報などをもとに本人の意思を推定し、それも困難な場合には、本人の最善の利益を考えて意思決定を行うことについても説明しました。
本ページの内容が、本人の意思や価値観を大切にしながら、本人にとってより良い医療・ケアを考える一助となれば幸いです。

